手でつながる街、長野・松本(お店編)
先週は初めて訪れた松本の印象を民芸をキーワードに書いた。松本民芸館に行けば国内外の手仕事に出会うことができるけれど、本当は松本の街を歩くだけでも、「古き良き」人の暮らしの気配が感じられる場所が点在している。その多くは小売りのお店やカフェなどの小さな個人商店だった。
松本観光にきた人たちが必ず通るであろう、江戸時代から大正時代の蔵づくりの建物が多く残りTHE 城下町の風情漂う中町通りでは工芸品や作家ものの生活雑貨を扱うお店が軒を連ね、私も楽しく買い物をした。
「陶片木」は全国にファンをもつインテリア雑貨のお店。ということを知らずに入ったのだけど、まず取り扱っている品々がどこのお店とも似つかないので驚いた。器やカトラリー、キッチンツールなどが主な商品でどれも控えめかつ個性的で温かみのあるデザイン。ところどころに配された深くて明るいブルーの効いた雑貨が目を惹く。
お洒落で優しい店主の方が「2階もどうぞ」と声を掛けてくださったので階段を登って2階も見せてもらったら、またこの空間が可愛い。商品の特徴を愉しく語る手書きのポップやコラージュのように美しい紙が貼り合わされた壁面、丁寧にディスプレイされた商品。軋む木の床の懐かしいかんじ。中町通りを見下ろす大きな窓。渋い日本家屋と洗練と可愛らしさが良い塩梅で同居していて、面白い空間だった。
店主の方によると取扱商品は店主自らデザインし、一部は制作も手がけ、そうでないものは職人と組んで製品化しているのだそうだ。だから他所で見かけないものばかりだったのだ。デザインが生活者目線で気が利いているものが多くあったのも魅力だった。
例えば購入したキャンドルホルダー。このお店で特徴的だった青色が美しいのはもちろん、キャンドルの蝋が本体にこびりつかないように水を張って使用するデザインが良かった。水面を覗くと炎が揺れるのも素敵。
大人気だけどオンラインショップはない。通販は電話のみ受けている。「入口入って右の棚の真ん中あたりにあった……」など懸命に希望商品を伝える電話が各地から掛かってくるのだそうだ。
「栞日」はブックカフェ、宿、イベントスペースなどさまざまな機能をもつ、文化面で松本のハブといえる場所だと思う。1階のカフェスペースは通りに面して明るく開放的。 雨で8月にしては薄暗い午後、少し肌寒かったのでホットレモネードを頼んだのだけれど、ほっとする時間だった。静かだけど時折お店の顔見知りの人たちが入ったり出たりする時の慣れた会話が耳に届くのもなんだか良い。
2階にあがると広い空間に本や写真集が置かれていて、思い思いに本を開いて過ごす人たちがいた。展示のできるような小さなスペースもあり、絵が飾られていた。
イベントや本を通じて情報や(内的な)言葉を交換したり、カフェを介してひとが直接つながったり。そういう場所なのだと感じた。
「山山食堂」は朝ごはんをやっているカフェだと聞いて訪れた。7:00から10:30まで朝ごはんをやっているところに、ぎりぎり滑り込んだ。雨予報の朝だったので空いていて、カウンターに常連と思しき先客が1名。私もカウンターに通されて、和食の定食をオーダーした。朝は和食派だけどトーストの朝食も美味しそう。基本の和食に鮭の切り身や海苔や卵など、オプションで追加できた。箸置きと箸を自分でセットするようになっていて、かわいいガラスの箸置きを選んでカウンターにセットし、目の前に並べられた文庫本から梨木香歩の『雪と珊瑚と』を手に取って朝食を待つ。
先日書いたブログでこの本との出会いについて書いたけれど、偶然手に取ったにも拘らず個人的にとてもタイムリーで自分の関心事と見事に重なる本だったので、山山食堂でこの本に当たることができて嬉しかった。
運ばれてきた朝食はこまごま愛らしい和食器に盛られていて、お新香も彩がよく、満足感のあるものだった。優しい朝ごはん。食後にコーヒーを注文してしばらく本の続きを読む。
隣に座っていた先客の女性はお会計を済ませ「また」と親しみを込めて店を後にする。少しすると、今度は店主と顔見知りのお客さんが「なにか食べさせてください」と言いながらペコペコの様子で席についた。私は初めて訪れた観光客だけど、自然に交わされる会話と落ち着いた食事に触れてどういうかんじでここに人が集まり、どういう気持ちになる場所なのかを少し感じられた気がした。
松本で訪れたお店を振り返ると、直接ひととひとが会って話したり、同じものを見たり聞いたりする場づくりに長けていると感じる。時間が多少掛かっても伝わる手段を選び、そこを支えて盛り上げるコミュニティがすでにある。ただ、その場にいないとわからないものも多いので、遠方の人たちや普段からSNSを駆使しているひとたちから見ると情報発信や利益のあげ方について「なぜ?」と疑問に思うこともあるかもしれない。
遠くの人たちに投げかけるというよりは身近な人たちとの対話や生活における憩いの場として根付いていて、デジタルよりもアナログな表現方法に馴染み、それを洗練させていくのに長けた松本の小さなお店たち。
その一部を今回見ることができたけど、見たかった場所はまだある。また行きたいお店もある。
手と手がつながる松本で、変わらない手仕事への眼差しと有機的に人をつなぐコミュニティに毎回新鮮な発見がありそうだ。