スカウトから淡くはじまる

スカウトから淡くはじまる

今年、スカウトにまつわる話がふたつある。ひとつは思いがけず「してしまった」話、そしてもうひとつは「されてしまった」話。

「してしまった」話から書いていこう。

今年の春、マンションの廊下で着物を着ているご婦人に出くわしたときのこと。その着物のご婦人にはそれまで何度かエレベーターホールでもすれ違っていたので同じマンションに粋な人がいるんだなぁ、くらいに思っていた。

しかしその日はなぜだか「素敵ですね。よく着物を着られるのですか?」と思わず聞いてしまった。ご婦人は驚いた表情のまま茶道の先生をしている、と答えてくれた。

実は数年前から茶道にちょっとした憧れを持っていた私はどこかではじめられる機会を探していて、近所の教室を検索してみたりもしていたけれど今一歩踏み出せずにいたのだった。だからか、驚くと同時に「初心者ですが興味があります!」と言ってしまっていた。

ご婦人は驚いたまま和やかに笑って、体験で見学に来ることを勧めてくれた。人の顔を朧げにしか見ていないせいでその時まで気がつかなかったけれど、お隣さんだった。

お教室に通いはじめてもうすぐ半年になる。最初のお稽古で新参者が加わる経緯について「スカウトされてしまって」と笑いながら生徒さんに話す先生を前に、「私スカウトしてしまっていたのか」とびっくりしたことを思い出す。前のめりすぎて恥ずかしいと思うのと、あの時声を掛けたことで習うことができていることをこれ幸い、と思うのと。

さて、「されてしまった」話はもっと唐突だった。

友だちのダンサーが開催する一般向けのワークショップでのこと。梅雨時期の出来事だった。

私は友だちを通じて出会ったそのワークがけっこう好きで、これまでも何度か参加していたけれどその時は久しぶりだった。その場に集まった15人ほどの人と共有した面白くも全身をへとへとに使い切るような運動のあと、ワークのなかで少しペアを組んで動いた女の子が話しかけてくれた。その子はダンス経験もある俳優で、同じく俳優や演出をする友人の男の子とこのワークショップに参加したのだという。

一般向けと言えど参加者には表現を生業にする人が多いなか、私はというと踊らず、創らず、観ることが主な人間なので、なんとなく申し訳ない気持ちになって「お疲れさまでした!」とさっぱりとその場を去りたいと考えていた。なのでその子たちが私の連絡先を知りたい、と言ってくれたときは戸惑ったし「なにものでもない私」を強調するしかなかった。それでも交換しましょう、と言う。

きっと社交辞令で言ってくれただけで連絡はないだろうと思っていた。だけどその後間もなく、彼らから「企画書」と名付けられたファイルが添付されたメールが届く。恐る恐る読んでみると彼らはふたりで新しく劇団を立ち上げたところで、その旗揚げ公演を行うらしい。そして私に「見守り役」をやってくれないか?と書いてある。

見守り役って何だ?!と笑ってしまったけれど、その後話を直接聞いたときには宣伝写真の撮影や、公演のスタッフもやってもらうことは可能ですか?ととても具体的な話に発展して、驚きながらやっぱり笑ってしまった。再度「なにごともプロではないこと」を強調しなければいけなかった。

それでも良いというふたりの謙虚なんだか強引なんだかわからない熱心さと、生き物としての可愛らしさに押されてしまい了承してしまったのだった。

2週間後の夏のとても暑い日に作品に関連する江ノ島で朝から撮影した宣伝写真は、青々としていて親密で面白く撮れた。ふたりの周りにある常にワクワクした雰囲気が頼もしくて好ましかった。ポートレートに苦手意識があった私に、新しい風が吹いた気がした。

その後もお稽古を度々見せてもらいながら、私は私がそこにいる意味を考えていた。時に友だちの力を借りながら、作品に変化が起こるのを目の前で見ていた。本当に、その道のプロである私の友だちへの憧れは募るばかり。

そうして彼らが一生懸命創りあげた本番は素晴らしく、なんだか本当に嬉しくて泣きたくなった。

私が「なにものでもない」ことは依然として変わらない。そんな私をスカウトしてくれたことに今は感謝している。スカウトというのは急に何かを試されるものだなと、お隣さんを何気なくスカウトしてしまったことの申し訳なさや有り難みも感じたり、心が忙しない。

実は彼らの宣伝写真がきっかけとなり、べつの俳優さんがポートレート写真の依頼をしてくれた。前だったら弱気で通したかもしれないけれど、スカウトされた者としてしっかりやろう、とお受けした。

できることとやりたいことが違うということはままある。そして、内側から知った気になっている自分のことは実際のところほとんどよくわからない。

外側にいる人たちから時々もらうヒントからピントを調整して、やっと見えてくる輪郭を逃さないで。

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