Jaferとの再会

Jaferとの再会

私は2020年から1年間、バルセロナに滞在していた。毎週通っていたエンカンツの蚤の市の気のいい店主がJaferだ。飄々としていて和やか。歌うような調子でお客や同業者に挨拶する姿を行くたびに見かけていた。

扱う商品はいろいろで、あまりにいろいろなので好みのものがあってもなくても面白く、彼のほうでも、私が買うかどうかをあまり気にしていないようだった。ただ大概安いので、ほとんど言い値で買っていた。他の出店者は大っぴらに吹っ掛けてくることも多かったので、明朗なやりとりができるところが彼とのコミュニケーションの良さだった。

そんなJaferとは帰国の頃にはお茶をする仲になり、バルセロナで学校や職場など帰属する場所がなかった私に「居場所」を感じさせてくれる存在になっていた。帰国当日はエンカンツで別れを惜しんだ。(『バルセロナからの蚤の市便り、最後の出来事』)

日本に帰ってきてからも、時々彼のことを考えた。今日もエンカンツにいるのかな、とか。馴染みのトルコ料理屋さんでコーラを飲んでいるのかな、など。イスラム教徒である彼はお酒を飲まなかった。

今年の冬に母とバルセロナを再訪した際、どうにか隙間時間をつくり彼に会いたいと思いお土産をスーツケースに詰めていた。過密スケジュールのため実現できるかあやしかったけれど、なんとか1時間捻出するのに成功しエンカンツまでひとっ走り。でも、彼がその日いるかは行ってみなければわからない。彼はケータイもパソコンも持っていなかった。

行き慣れた蚤の市に到着し、1階を見渡せる場所から彼を探した。すっかり観光客が戻っている会場は以前よりも人が多くて見つけられない。1階に降りて、会場を回ってみる。すると、見慣れた雰囲気の店が目に入った。Jaferは他の誰かと話しているところだった。

驚かせよう。そう思ってお客に紛れて品物を見ながら彼がこちらを見るのを待った。と、目が合った。ちょっと固まるJafer。にんまり笑う私。

「おじょうちゃん!どうした、帰ってきたのか!」

彼からわあっと親密さが溢れる。母との旅行の合間にちょっとだけ会いにきたと伝えると矢継ぎ早に近況を聞き合った。以前と変わらず元気そうだ。

忘れちゃいけないとお土産を手渡す。彼には漆のお盆と七宝の飾り皿、あられのお菓子を用意していた。お盆やお皿はもちろん持っていてもらってもいいけど、蚤の市で売って何かの足しにしてもらいたいと思って探したものだった。工芸品の口頭での説明に自信がなかったので、ひとつずつ事前にメモをつけて渡した。

「品質がしっかりしたものだから、安く売っちゃダメだよ!」彼のスタイルを知っている私は念を押した。いつもならそのスタイルを有り難く思うところだけど、今や友人でもあるのでちょっと心配。

彼は売るとは言わず、ただ心底嬉しそうにしてくれていた。少しは恩返しできたかなと安心したのも束の間、好きなものを持っていってくれと言われてしまう。買いますと言ってもこういう時の彼は譲らない。

困ったことにすでに店仕舞いの時間帯で物はまばらだった。どうしようかと見渡すと、彼がこれはどうかと青い華奢なリキュールグラスを差し出す。

母との旅行中に繊細な割れ物は…と喉まで出かかったけれど、彼は「これがいい!」と勢いづいて5脚セットのグラスを包みはじめてしまった。それだけでなく、「これもほしい?!」と私がちらっと見ていた木板にアール・ヌーヴォー風のペイントが施された長細い絵を掴んで見せる。

「あ」と言う隙もなく、いいよいいよと包みはじめる彼の優しさが懐かしく、甘えることにした。割れ物と板は荷造りの悩みの種になるけれど、どうにかしよう。

来る時よりも荷物が増えた私を見て、Jaferは嬉しそうにしている。

くすぐったさでじんとしていたけれど、夕飯の約束があるためにもう去らなければいけない。改めてお礼を伝えた。以前と変わらない彼の「十分気をつけるんだよ」と、別れ際の一言。エンカンツに行けば会える彼と、再び会える未来を願う。否、願うだけじゃなくて、そうできるように自分を歩ませなくてはいけない。

彼との交流を思い出すたび、私のなかのスペインは温かさを増す。停滞を感じ、自信を失くしている期間に誰も介さずに、好きな蚤の市で出会えた友人ということもあるだろう。

その後、私の停滞はつづいているけれど気持ちは緩やかに軽くなってきているのを感じている。きっかけは様々だけれど、Jaferとの再会は私の居場所を再び示してくれるような出来事だった。

私はとても遅い。けれど、うんと年上のJaferが引退してしまわぬうちにまた会いに行こう。

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