身体の内側に触れるな
20代半ばくらいまでの私は本当によく食べ、よく飲む人間だった。といってもアルバイト雇用が長かった私の収入は当時とても少なかったので普段からたくさん食べるわけではない。バイト先での賄いや誰かがご馳走してくれる時に食べる量が人よりも多いというくらいだったけど、とにかく食べるのでよく驚かれた。
お酒に関しては今のほうが日常的に飲んでいるけれど、あの頃は特に好きでもない味のお酒を「飲める」というだけの理由で飲んでいた。食べる量同様、強いお酒が飲めれば飲めるほど周りは驚いたり喜んだりしてくれたので、それが面白くて飲んでいる節もあった。
その頃の自分の振る舞いを思い出すとただ周りが喜んだり驚くのが嬉しくて暴飲暴食していたようなものなのでとても恥ずかしい。ただ、誰に頼まれるわけでもなく自らやったことなので、恥ずかしいだけで済んでいる。
満腹のおなかに「もっと食べなさい」と好意でものを押し込められるのが心底嫌になったのは割と最近のことに思う。私は田舎にルーツがあるのでそういう好意は身近だったし、多少お節介だけど優しさであることは違いないので押しのけることもできず「それじゃあ、あと少しだけ」となんとか口に入れたり、他の人に押し付けて逃げたりを繰り返しながら受け流してきた。
今の私はそうはいかない。単純に年齢的に無理できる胃じゃなくなったということは当然として、気がついてしまったのだ。食べ物を無理に他人の胃に押し込めようとするのは、越境行為であるということに。望んでいない食べ物で膨れた胃がシクシク痛むとき、自分の内側を不本意に触られたような気がしてものすごく腹が立ったのだった。
それと同時に、30代半ばに差し掛かろうとしている年齢のせいで最近では歩くたびに(もちろん歩くたびにではないけれど)耳にすることになるさまざまな体の変化の話が頭に浮かんだ。肌の調子。ホルモンバランス。卵子凍結。赤ちゃん / ほしい / ほしくない / できない。
だけど私自身の体のことはどうか触れないで。内側に触れることは越境行為。侵入されたほうは無防備で傷ついてしまうのに相手を気遣うのに忙しい。関係がある人はいるだろう、それでも私の内側に口出しする権利などないのだ。
胃のようにすぐにシクシク痛むわけではないけれど、侵入された嫌悪感は拭えないもの。こんな厄介な年代、早く過ぎてしまえばいいのにとさえ思う。「どうか口にするのを慎重になって」。